
先日、ノルウェイの森を読んだ時に、「グレートギャツビー」とともに「ライ麦畑でつかまえて」も主人公が読んでいたので、そういえば、「ライ麦畑でつかまえて
」って攻殻機動隊の笑い男事件で、引用が用いられ重要な要素になっていたなぁと思い出し、1回読んでみようと図書館で借りてきました。
物語は、1950年代アメリカで、主人公のホールデンが成績不振から学校を退学させられるところから始まり、学校寮を飛び出して、ニューヨークを彷徨いながら、家に着くまでの3日間の話です。
とにかくこの主人公、大人社会の欺瞞に憎悪とも言えるほどの強烈な拒否感を持っており、そういった感情などが、ある時は口汚く、またあるときは誇張的で支離滅裂な主人公の言葉となって、文章に表現されています。例えば、ホールデンはアメリカ人がよく使う「幸運を祈る」という言葉が大嫌いです。それは、皆が「幸運を祈る」と言うが、その中で本当に幸運を真剣に祈っている奴なんて一人もいない。祈る気がないなら言うんじゃねぇよ!という、具合です。ただ確かに、日本でも意味なく去り際に「じゃ、頑張って」みたいなことを言われて「おめーよりは頑張ってるよ!」となったり、お歳暮などで、結構いい品物なのに「つまらないものですが」などと言って渡したり、こういう社会生活の些細な違和感は、若いときに感じる人も多いと思います。
攻殻の笑い男も、企業が表では理想的なことを語りつつ、裏ではとてつもない汚いことをやっていたという社会の欺瞞に対して、若さからくる正義感から強い怒りを感じるところが、この作品と共通していて笑い男が共感した部分だと思いす。ただし、ライ麦畑の主人公ホールデンには、大それた事をする度胸も知恵も能力もなく、全て自分の心の中で口汚く悪態をつくことで自己処理しているというのが大きな違いでしょうか。
この小説は、読む人それぞれでも大きく受け取り方が違う作品であるのはもちろんのこと、読んだときの年齢によっても、かなり変わる作品だと思います。思春期に読めば、主人公に共感する部分も多くなると思いますし、年齢を重ねてから読むと、なんだこの甘ったれた主人公は!となる人が多いような気がします。僕は、どちらかというと後者の割合が大きかったです。ちなみに、ジョン・レノンを射殺したマーク・チャップマンも、レーガン元大統領を狙撃したジョン・ヒンクリーも愛読していたそうで、その放送禁止用語連発の汚い口調もあいまって、今でも禁書として扱われるところもあるそうです。
最後に、この本のタイトル「ライ麦畑でつかまえて」というのは、主人公の夢、「自分は、広いライ麦畑で遊んでいる子どもたちが、気付かずに崖っぷちから落ちそうになったときに、捕まえてあげるような、捕まえ役になりたい」と語った所からきていますが、なんだか可愛らしく笑ってしまいました。そういえば、「行け!稲中卓球部」でも、人間が地球環境を破壊するから、タイムマシンで昔へ行って、猿が森から出てくるのを止めさせる「猿止め部」なるものを、前野達が作ろうとしていましたが、それに似た微笑ましさがあります。
タグ:読書